SaaSの成長率を測るKPI「Quick Ratio」とベンチマーク

SaaS事業をはじめ、サブスクリプションビジネスに舵を切る企業も増えてきています。従来の買い切り型のビジネスと異なり、SaaSのようなサブスクリプションビジネスでは顧客と企業の関係、収益構造が大きく変化しました。ビジネスモデルの変化に伴い用いられるKPIも変化しています。

かつては事業の成長率の分析も、売上や新規獲得数といったKPIの伸びから判断することができました。

しかし、SaaS企業においては、売上や新規獲得数などのKPIばかりを見ていると、チャーンレートが高くなり、成長率が頭打ちになってしまうなんてことが起こってしまいます。収益の損失と増加の比率を示すQuick RatioというKPIを用いることで収益構造の健全性、成長性を分析できるようになります。 

本記事では、そのSaaS企業には欠かせないKPIであるQuick Ratioとそのベンチマークについて解説して行きます。

また、チャーンレートとサブスクリプションビジネスの成長限界についてはこちらの記事で解説しておりますので、ぜひ合わせてお読みください。

チャーンレートがサブスクリプションビジネスに与えるインパクト

SaaS企業に欠かせないQuick Ratio とは?

Quick Ratioとは一定期間に獲得したMRRと、同期間に失ったMRRの比率を表すKPIです。MRRの成長率がビジネスの量的な成長を示すものだとすると、Quick Ratio はビジネスの成長の健全性を示すKPIです。Quick Ratioを用いることで、ビジネスが健全かつ迅速に成長しているかどうかわかります。

Quick Ratioの計算には以下の4つの数値を用います。

  • 新規MRR :一定期間内に新しく獲得した顧客によるMRR。
  • Expansion MRR :一定期間内でアップセルまたはアップグレードを通じて拡大したMRR
  • Churn MRR :一定期間内で顧客がサービスを解約したことで失われたMRR。
  • Downgrade MRR :一定期間内で既存顧客がより低額なプランに変更したことで失われたMRR

Quick Ratioの公式は以下の通りです。

上記4つのメトリクスうちの最初の2つはMRRの増加に関するものであり、残り2つは全てのレベニューチャーンを表しています。このことからもわかるようにQuick RatioとはSaaS企業にとって最も重要なKPIであるMRRとチャーンレートの比率を表しているものだとわかります。

SaaS企業にとってQuick Ratioはなぜ重要か?

Quick Ratioが低い場合、チャーンによる収益の減少が重大な問題である可能性が高いことを意味します。ビジネスが成長段階にある場合、新規顧客の獲得が順調に進み、チャーンによる収益の減少をあまり問題視しないかもれません。しかし、新規顧客の獲得は規模の拡大に伴い、徐々に難しくなり、よりコストのかかるものになってきます。

チャーンはMRRに対してー定の割合を維持しますが、時が経つにつれて、基本的に新規獲得MRRやアップグレードによる成長率は縮小していきます。このため、新規獲得以上に既存顧客に維持に注力することが重要になります。

Quick Ratioを使用すると、新しく追加されたMRRと失ったMRRの2つの数値の割合はどうなっているのか、そして、そのビジネスが持続可能なビジネスモデルがあるかどうかを一目で確認できます。

Quick Ratioのベンチマークとは?

前項では、Quick Ratioの計算方法について紹介しました。これで顧客データからQuick Ratioを算出できるようになったかと思われます。では、Quick Ratioはどのくらいであればいいのでしょうか?SaaS企業での大まかな目安は以下の通りです。

Quick Ratio <1

そのビジネスは衰退の一途をたどっています。すでに良好な顧客ベースを持っている場合、1〜2ヶ月間は1未満のQuick Ratioを維持できますが、それより長くなると、解約によりビジネスの存続が不可能になっていきます。

1 <Quick Ratio<4

見かけ上、順調に成長しているように見えるかもしれませんが、失われたMRRを補うために常に高レベルの顧客獲得を維持しなければなりません。そのため、そのビジネスは成長しますが速度はゆっくりであり、そして徐々に非効率的になってゆきます。

Quick Ratio> 4

成長率が高く、効率的に成長しています。アメリカのVCであるSocial CapitalはQuick Ratio が4以上であることをSaaS企業への投資の条件として置いています。実際に年間平均成長率が50%を超えるSaaS企業のQuick Ratioの平均値はおよそ4となっています。

以上がSaaS企業におけるQuick Ratioの一般的なベンチマークとなります。

SaaS事業ステージに伴うQuick Ratioの変化

しかしながら、Quick Ratio は会社の事業ステージによって大きく左右されます。一般的に事業が始まったばかりのステージでは解約も少なくQuick Ratioは非常に高い水準で推移してきます。一方で、成長ステージの後半に位置するような大企業では、Quick Ratio >4を維持するのが難しいです。

以下は異なるQuick Ratioで20%成長していく企業の収益モデルです。

Quick-Ratio-SaaS

ステージ1:純成長

ステージ1では顧客がサービスの評価を行なっている段階、もしくはそもそも複数ヶ月の契約体系であるという理由から、チャーンは発生しません。そのため、Quick Ratioの公式の分母が0になってしまい、Quick Ratioを算出することはできません。したがって、ステージ1ではまだQuick Ratioは意味を持ちません。

ステージ2:チャーンの開始

一部の顧客でチャーンが始まり、公式の分母が算出され始めるためQuick Ratioの計算ができるようになってきます。しかし、まだチャーンする顧客は少ないため、Quick Ratioの値は2桁になり、ステージ2においてもQuick Ratioはあまり意味をなしません。

ステージ3:アップグレードとダウングレード

ステージ3ごろから初期の顧客群からのチャーンやアップグレード、ダウングレードが活発になり始めます。成長を促進しつつこのチャーンを制御することが、継続的な成長の鍵となります。このステージあたりからQuick Ratioが1桁の値を示すようになり、ビジネスの成長の質を測るための重要なKPIとなってきます。

 

基本的に事業立ち上げフェーズではQuick Ratioは意味を持ちません。おおよそ、立ち上げから1期目以降から重要となってきます。

まとめ

SaaSの収益は毎月どんどん積み上がっていきます。健全な成長を維持するためには新規獲得MRRの伸びだけでなく、チャーンによるMRRの減収が問題ないか観測し続ける必要があります。Quick Ratioを計算することで、これらを可視化し次なる打ち手を立案していくことができるようになるのです。

また、SaaSビジネスにはQuick Ratio だけでなくSales VelocityやCAC Payback Period など、他にも重要なKPIが多数存在します。

サブスクリプションビジネスの成功に欠かせないKPI 10選」ではSaaS企業ではどのKPIをチェックしていくべきか詳しく解説しています。ぜひ併せて活用ください。